仕事帰りに居酒屋に立ち寄ると、隣の席にやってきた外国人グループが、おすすめの日本酒を店員に訊いている。そんな光景も珍しくなくなってきました。

和食の海外展開に追随する形で、この数年ですっかり海外でも知れ渡った日本酒。大半の国では、JAPANESE SAKE(ジャパニーズ・サケ)の名で、年々認知度が上がってきています。10年前は、実際に日本に来たことがあるビジネスマンや留学生しか興味を示しませんでしたが、今では「日本には行ったことがないけれど、この間SAKE(サケ)を飲んでみたよ」なんて人にも会うほどです。

ただ、日本酒の知名度が上がっていくにしたがって、心配に感じていることがひとつあります。それが、「海外で現地の人が味わってくれているのは、本当の日本酒の味なのだろうか?」という疑問です。

私は仕事で頻繁に海外に行く機会があるのですが、ここ数年で、世界のどんな地域に行っても、ジャパニーズ・レストランを目にするようになりました。ただ、必ずしも日本に来たことがあるシェフのレストランとは限らず、「経営者は日本には行ったことがない、ネットで調べて作ってみた和食っぽい料理を出すだけ」のような「なんとなく和風の」レストランも、まだまだ沢山あるのが実情です。

特に、私が行く機会が多いヨーロッパでは、和食に限らない「アジア料理全般」のレストランもそれなりに数があって、そういったお店のオーナーは中国~東南アジア各国出身者が多い印象ですね。

 

さて、人気はうなぎのぼりだとはいえ、まだまだそんな状況の「海外の和食レストラン」事情。ゆえに、日本酒の扱いについて十分な知識を持たないレストランやバーは、残念ながら沢山あります。

日本酒はRICE WINE(お米のワイン)とも呼ばれることから、ワインと同じだと考えて冷暗所に置いて、開封後は23日以内で飲み切ってくれるようなレストランだったらいい。けれど、中途半端に知識があると、熱燗で呑む習慣を考えて、「加熱して飲む習慣があるくらいだから、温度管理はそれほど重要ではないだろう。どうせ温めるのだから、開封してから12週間はもつだろう。」という対応をしていることも珍しくないと聞きます。
日本酒を普段から飲む習慣があればよくご存知のことと思いますが、通常の日本酒は開封したてが最も風味がよく、時間が経つに連れて徐々に酸化して味が落ちてきます。

これがワインだと、ものによっては抜栓した翌日のほうが美味しいこともありますので、この違いは大きい。日本酒をワインと同じと考えて、翌日でも大丈夫だと考えてしまうと失敗するポイントの一つです。大衆的な和食レストランだけでなく、そこそこ客単価が高い洒落たバーですら、光や熱が直撃するテーブルに日本酒のボトルを置いている光景を目にすることがありますが、そんな状態でディスプレイされているボトルの中身がどうなっているのか不安で、いまだに頼む勇気がありません。

こういった事例を目の当たりにするたびに、日本酒は温度変化に弱いお酒だということを周知する努力が、まだまだ必要なのだと感じます。(そして、この温度変化に対するデリケートさが、日本酒を海外展開するにあたっての一番のネックだと個人的には思っています。)
 

問題となるのは、飲食店だけではありません。

先日、ドイツの観光地として有名な都市にある、輸入商品が豊富なグルメショップの棚に、うっすらとホコリを被った状態で日本酒が置かれていました。その棚はもちろん常温で、しかも蛍光灯の光を直撃で受ける場所。ディスプレイされた状態だけ見ても、お世辞にも美味しそうには見えません。気になって日本酒のラベルを見てみると、なんと遡ること2年以上前(!)に瓶詰めされた商品でした。おそらく、2年近く前に入荷したものの、棚に置いておくだけでは何なのかよくわからない商品を手に取る人もおらず、ずっと売れ残っていたものだと思われます。

こんな状態の日本酒を飲んでしまったら、「日本酒って最近流行っているみたいだけど、言われているほど美味しくないな」と思われかねません。さすがに、ヴィンテージワインも置いているようなワインショップに行くと、それなりに保管もしっかりしてくれているイメージですが、食材メインのスーパーだと、まだまだ保存条件にまで意識が向いていないのが現実です。

このように、日本酒は海外でも知られてきていて、年々関心が高まっている様子がうかがえるものの、「本来の日本酒の味」が実際どこまで海外に浸透しているかには、疑問を感じます。
劣化した商品が広まってしまった場合、和食ブームの時は周囲に合わせて消費してもらえても、ブームが去ったら「大きな声では言えなかったけれど、美味しくないと思っていた」ものとして、見向きもされなくなるのでは。

ブームが終わった後も継続して消費してもらうためには、生産者(日本の蔵元)~日本の輸出者~運送業者(フォワーダー)~各国の輸入者~流通業者~飲食店・スーパー~消費者というラインにおいて、鮮度を保った商品を常に供給できる仕組みを構築することが必要だと感じます。現時点では、各国の輸入者までは温度管理を指示できているはずですが、その先の管理については関知できていない可能性が高い。

海外の消費者に日本酒の正常な風味を知ってもらい、正しい保存条件について啓蒙することこそが、海外市場での日本酒ファンを増やし、日本酒の輸出を堅実に増やしていくための今後の課題ではないでしょうか。

(2018.1.27 Naoko Tamura)

 ※この記事は、主にヨーロッパへの日本酒の輸出を想定して書いてあります。アジアやアメリカの最新の事情とは異なるかもしれません。

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